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2016年12月

2016年12月31日 (土)

茅ヶ崎方式渋谷松涛校

渋谷松涛(しょうとう)校では,少人数でレッスンをしています。

所在地:東京都渋谷区松濤1丁目
お問い合わせ:メール / mobilephone090-8778-2499

新規クラス開講も可能ですので,お気軽にお問い合わせください。

茅ヶ崎方式レッスン

プライベートレッスン

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松涛美術館入口すぐ                 教室風景

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2016年12月30日 (金)

1年間ありがとうございました。

2016年もあとわずか
すべてのレッスンが終了致しました。

今年もみなさまの英語力向上の
お手伝いができたでしょうか。

お正月休みは
今以上の良いレッスンができるよう
ゆっくり休みをとりつつ
新年の準備をしたいと思います。

よいお年をお迎えください。

A Happy New Year!

2016年12月28日 (水)

コラムお休み

本日のコラムはお休みさせていただきます。
新年の再開をお楽しみに!

2016年12月21日 (水)

アメリカ人は バカなんでしょうか

ちょっと前に、YouTubeで、映画評論家 町山智浩さんが、アメリカでは、アメリカ人はどうしてこんなに馬鹿なのかという話題がブームになっている、と言ってるのを聴きました。

テレビ番組で、道端を歩いている普通のアメリカ人に、「パリってどこにあるの?」と尋ねると「ロンドンにある?」と答えたりするそうです。

イラク戦争が行われていた2006年の調査によると、アメリカの大学生の88%は、アフガニスタンの位置を知らないそうそです。そして、66%はイラクの場所がまったくわからないそうです。

また、アメリカ人の50%がニューヨーク州の位置を知らなくて、アメリカ人の20%が世界地図の中でアメリカを指差すことができないそうです。

さらに、18歳~34歳のアメリカ人で、新聞を読む人は20%に過ぎず、ニュース専門チャンネル、CNNの視聴者平均年齢は60歳だそうです。

若者はインターネットでニュースをチェックしているのかと思いきや、ニュースサイトを見る若者は11%しかいないそうです。

町山さんによると、アメリカでは、アメリカ人が書いた、アメリカ人はなぜこんなに馬鹿なのかという本も出版されていて、その本には、このような時事問題や地理に疎い傾向は最近のことではなく、昔からだったと書いてあるそうです。

ゴルバチョフがソ連の共産党書記長だったころ、ゴルバチョフの名前を知っているアメリカ人は、全体の半分くらいしかいなかったそうです。

イラク戦争中も、国防長官ロバート・ゲーツの名前を知っていたアメリカ人は、全体の21%に過ぎなかったそうです。他にも、ジョージ•W•ブッシュが大統領に再選された年に、911テロの犯人がサダム・フセインだと思っていた人が、7割もいたという調査結果があるそうです。

番組の中で、町山さんは「これは、『アメリカの反知性主義』という本にも書いてあるように、聖書に書いてあること以外は邪悪なものとして信じない、キリスト教原理主義の影響ではないか」と推察しています。

また、町山さんは、「日本も(ものを知らない人が多いという意味では)同じようなものかもしれないけど、戦争をする国がこんな状態ではまずいのではないか」とも言っています。

どうなんでしょうね…。町山さんも言っている通り、日本人も同じくらい時事問題や地理には疎いと思います。

例えば、自衛隊がPKOに派遣されている南スーダンの位置を世界地図の中で示せる日本人が何%いるでしょうか。

しかし、アメリカと日本では国の成り立ちが違うので、アメリカ人は、確かに日本人より地理には疎いかも知れませんね。

アメリカは50のstate、州というか、実は独自の軍隊を持った国が、合衆国憲法という国際条約を結んで成り立っている、国内にいくつも時差がある巨大な連邦です。

日本には47都道府県がありますが、その陸地面積を合計しても、カリフォルニア州に満たないのです。

アイオアに住んでる人にとって、ニューヨークは外国のようなものだと思います。ですから、そのよくうな国の成り立ちを無視して、単純に、日本と比較することは難しいと思います。

アメリカ人は、遠くのことは知らなくても、地元のことに関しては平均的な日本人よりも詳しいかも知れませんね。

聖書に書いてある事しか信じず、それ以外の情報は邪悪だと思っているキリスト教原理主義にしても、ネットゲームしかやらないで時事問題はチェックしない人とか、アイドルの追っかけにしか興味がない人と似たようなものではないかと思います。

このように、自分が興味のある特殊な情報にしか触れない人というのは、どこにでもいると思うのですが、社会の多数派ではないと思います。

特殊な情報に特化してるわけではないけど、ニュースを見ない、ものを知らないという人もたくさんいて、そういう人の場合は、単純にあまり興味がないから知ろうとしないのだと思います。

その点は、日本人もアメリカ人も同じで、そういう人がいちばん多いような気がします。

では、なぜニュースをチェックしないのかと言えば、単純に、ニュースを知らなくても特に困らないからだと思います。

ところで、町山智浩さんのアメリカ情報はとてもためになります。

https://youtu.be/an6RYCiK_s0

2016年12月16日 (金)

仏検受験歴

英語とは直接関係ありませんが…
今まで受けた仏検は次のとおり。あまりまじめな学生ではありませんでした。

1999年秋季 4級&5級合格
2000年春季 3級合格

2011年春季 3級(80/100点)&準2級合格(1次:67/100点、2次22/30点)
2011年秋季 2級1次不合格(42/100点)
2012年春季 2級1次不合格

2016年春季 2級1次不合格
2016年秋季 2級1次合格(63/100点)・準1級1次不合格(51/120点)

2016年秋季試験に向けてしたこと
完全予想5級
完全予想4級
完全予想3級途中まで

準2級くらいまでは終わらせたかったのですが、
動詞、前置詞でつまづき、予定通りにはいきませんでした。
しかし、下位級の勉強をしたことで、
2級のディクテは10/14点

準1級のディクテも10点くらいはとれたように思います。
準2級程度の問題文を作文できるようにすれば、準1級のディクテだけでなく、仏作文にも十分対応できるのでは。
来年は1級と準1級を受験してみたいと思っていますが、そのためには、2級の二次試験に合格しないと。
まずは、完全予想3級と名詞化辞典をすすめていきます。

仏検受ける方がいらっしゃいましたら、がんばりましょう♪

2016年12月14日 (水)

ABSOLUTE DUD=不発弾

ABSOLUTE DUD。日本語訳は不発弾。訳せましたか。ぼくは訳せませんでした。

これは、いま、横浜市のBankART Studio NYKで開催されている、現代美術家 柳幸典さんの個展「ワンダリング・ポジション」で展示されている作品です。

広島に投下された原爆リトル・ボーイの外観を忠実に再現したものです。



写真では分かりづらいのですが、表面が錆ていて、実物を見ると思わず息をのんでしまいます。

日本には、戦時中二発の原爆が投下されましたが、柳さんによると、この作品は、実は三発目の原爆が投下されていて、それが不発弾の状態で発見された”もの”なのです。

もちろん架空の話ですが、もし、それが現実なら、今の日本はどうなっていたか、観る人に架空の思考実験をして欲しかった。それが制作意図だとのことです。

随分、型破りな作品です。

1959年福岡県生まれの柳さんは、その生き方もかなり型破りな方です。

武蔵野美術大学で美術を学ぶのですが、教授から、卒業制作は平面作品でなくてはだめと言わているのに、立体だか平面だかわからないような作品を創り、卒業制作展で展示することができなくなってしまった。ところが、その作品を学外の展覧会に出品したら賞をとってしまった。

大学卒業後は、新進気鋭の美術家として、たちまち有名になります。

ところが、日本で有名になったのに、今度は、イエール大学大学院に無学費留学して、イエールの修了展で最優秀賞をとってしまいます。ベネチア・ビエンナーレには、日本ではなく、アメリカ側の推薦で出品して、またそこで賞を獲ってしまいます。

ニューヨーク近代美術館に作品が収蔵され、アメリカで大成功したのに、21世紀になると、突然帰国して、今度は、瀬戸内海の離島、犬島で活動を始めます。

成功しても一箇所に留まらない、世の中では珍しい人だと思いますが、柳さんご自身には、一箇所にとどまると、美術家としての批評精神を失われてしまうという、確固とした信念があるのです。

ところで、アートの世界では、イエール大学大学院は名門です。無学費留学ということはフェローですが、気になるのが英語力です。

柳さんご本人に、留学前の段階で英語は得意だったのですかと尋ねると、得意ではない、審査官が、この学生を入学させなかったらとんでもない落ち度だと思うような資料を作って送ったんだよ、というこたえが返ってきました。


柳さんのインタビュー記事は、今週(12月12日が月曜日の週)店頭に並んでいる「AERA」12月19日号に掲載してあります。ご興味のある方はご一読ください。このブログでは、誌面の制約から記事では紹介できなかったことを書いてみました。

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文・桑原和久
(フリーライター、編集者、茅ヶ崎方式渋谷松涛校生徒)

2016年12月 9日 (金)

English Grammar in Use

昨日のブログ
ネイティヴの英会話教師 ボブ先生のほめ殺し
に関して少々補足をさせてください。

>ボブ先生が推薦してくれた、English Grammar in Use、彼がこの本を薦めた事実が、ぼくの英語の拙さを物語ってますね。

そんなことないです。
文法項目としては中学生程度に見えるかもしれませんが
そもそも洋書なので、
日本の中学生程度の英語力で、この本で独習はきついです。

桑原さんくらい英語力があれば、
この本を使うことで、表現の幅やニュアンスの違いが
いい感じで学べるはずです。

この青い本が少し難しいかたには
Essential Grammar in Useもあります。



2016年12月 8日 (木)

ネイティヴの英会話教師 ボブ先生のほめ殺し

以前、このブログに書いたとおり、ぼくは30歳を過ぎてから、英語をやり直しました。

最初は英字新聞を毎日読むことから始め、その後、英語教室にも通いました。その過程で茅ヶ崎方式にも出会いました。

これまでにぼくは、3人の日本人の先生と、3人の英語ネイティヴの先生から学びました。

その中でとても印象に残っているのが、都内の大学で英語を教えていたアメリカ人のボブ先生のレッスンです。

レッスンの内容は、週に一回、カフェで、マンツーマンのフリートークをするというものでした。

話題は他愛のないものが大半でしたが、ぼくが何か言うと、ボブ先生は、必ず”グーッ”と言うのです。レッスン中は、”グーッ”の連発です。でも、ぼくは、彼に”グーッ”と言われるたびに、嬉しいというより、居心地の悪さを感じました。

ボブ先生は、ぼくにとっては初めての、ネイティヴの英会話講師でしたが、それ以前に日本人の先生から英語を学んだことはありました。

ボブ先生と出会ったころ、ぼくは、すでにTOEICスコア800点台でしたし、英字新聞を読み続けて、3年以上経過していたので、読む、聴く能力に関しては、自信とはいかないまでも、英語を始めたころに比べれば多少は進歩していると思っていました。

が、アウトプットに関しては、それまでほとんど経験がなく、自信などまったくありません。どう考えても、変な発音、変な文法で話してるはずなのに、ボブ先生は”グーッ”を連発するのです。

そして、たまに長めの慣用句などを使って話すと、”グッ イングリッシュ”と言ってくれるのです。

ぼくは、自分が話してる英語がグッドだと思えなかったし、事実グッドじゃなかったんです。

内心ぼくは、こいつはレッスン料を受け取っているから、本当は、レッスンを継続したいだけで、客であるぼくをおだてるために適当なことを言ってるんじゃないか、とすら思いました。我ながら、ずいぶんひねくれた考え方ですが。。。

話は変わるのですが、ちょうどそのボブ先生のレッスンをしていたころ、ぼくは、友人に誘われて、アジアンカンフージェネレーションの、後藤正文さんのライブを観に行きました。ステージで、ゴッチこと後藤正文さんが、こんなことを言ってました。

”次のアルバムは、初めての試みとして、外国人のレコーディングエンジニアを雇って録音しています。で、これが勘狂っちゃうんだよね。こっちが、演奏でミスっても、彼らは”グーッ”しか言わない。ぼくらもだんだん、ある程度適当でも、楽しければいいんじゃないかと思うようになってきたんだよね”

ゴッチの言葉を聞いて、ぼくは、ボブ先生のことを思い出しました。

それまで、日本人の先生に英語を習うケースでは、褒められることより、注意されることの方がはるかに多かったように思います。

9割方正しくても、1割間違っていれば、まずは、間違いが指摘されます。

勉強には、百点満点の正解があって、その正解に到達できないのは、どこかが間違っていのだから、その間違っている点を正そう、というのが日本的発想だと思います。

それに慣れきっていたぼくにとって、”グーッ、グーッ”を連発するボブ先生は、先生らしくなく、すごく違和感があったのですが、このゴッチの言葉を聞いて、ひょっとしたら、ぼくが思い違いをしていたのではないかと考えるようになりました。

後で考えてみると、どうもボブ先生は、日本人の学習者の最大の欠点は、積極性がないことだと考え、積極性を引き出すことを、レッスンの主眼としていたように思えるのです。

日本人はある程度の英語力を持っているが、同程度の英語力がある他の国の人に比べて自己評価が低く、失敗を恐れるあまり、消極的過ぎる。きっと、ボブ先生は、そう思っていたのではないか。

ボブ先生にしてみれば、生徒が積極性を持つようになれば、レッスンは成功なのです。積極的になれば、これまで以上に英語を使おうとするし、英語を使う過程で努力もするから、英語力は自然に伸びるはず。大勢の日本の大学生に接していたボブ先生は、多分、そう考えていたのだと思います。

翻って日本人の先生は、生徒が努力するのは当たり前であって、生徒の英語力が向上しないのは、生徒を積極的にできない自分のせいではなく、生徒自身の努力不足だと考えがちだと思います。

ボブ先生のレッスンは3ヶ月で止めてしまいました。レッスン料は、ネイティヴのマンツーマンレッスンにしては安かったのですが、それでもぼくには負担か大きく、レッスンに使っているお金を他に回したいという、生活上の事情が生じたためでした。

短い間でしたが、ボブ先生が、”グーッ、グーッ”と連発し、ほめ殺しにしてくれたことは、いまでもぼくにはとってはとても大きな励みになっています。

外国人が集まるパーティなどに出席したとき、それまでは尻込みしていた、初対面の外国人に話しかけるとことができるようになったのは、ボブ先生のおかげでした。

多分、ぼくは今でもかなりヘンテコな英語を話してると思いますが、なんとか意思疎通はできるようになったし、英語で会話することを楽しいと思えるようになりました。



ボブ先生が推薦してくれた、English Grammar in Use、彼がこの本を薦めた事実が、ぼくの英語の拙さを物語ってますね。


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文・桑原和久
(フリーライター、編集者、茅ヶ崎方式渋谷松涛校生徒)

2016年12月 1日 (木)

非正規雇用は、unofficial な雇用、それともirregular?

普段何気なく使っている日本語の中には、英訳しづらいものが結構あります。

英字新聞を読んでいると、正社員をpermanent employee と訳しているのを見かけますが、この訳をどう思うか、日本語ができるアメリカ人に聞くと、それはへんだと思うという答えが返ってきます。

正社員はpermanent(永遠に)に社員なわけではありません。

その友人は、英語にpermanent employeeという言葉はないけど、この語感からは、亡くなるまでその職に留まる仕事、例えばアメリカの連邦裁判所判事のようなものを連想すると言っていました。

ただその場合は、lifelong employee の方がしっくりくるね、とその人はいっていました。

いうまでもなく、英語には、パートタイム労働者とフルタイム労働者を区別する概念はあっても、正社員、正しい社員とその他の社員(正しくない社員?)を区別する概念がありません。

それだけではありません。実は、日本のどの労働法規にも正社員という言葉は出てきません。

最近、何かとマスコミが話題にしている、非正規雇用、それと対をなす正規雇用という言葉も英訳するのが困難です。

やはり、日本語が流暢なアメリカ人に尋ねたところ、直訳なら、正規雇用がofficial employment で、非正規雇用がunofficial employment だろうねと言われました。

しかし、これはどう考えてもおかしな訳語ですね。

非正規と言われる、パートタイム労働者も、派遣社員も、契約社員も、皆、正規に、つまりofficialに、パートタイマーならパートタイマーとして、雇用されている人たちなのです。

労働時間が短かったり、労働契約の終了または更改の時期が定めてあったりしたとしても、正規にofficialに雇われている労働者であることには変わりはないのです。

多くの方はお気づきだと思いますが、これは直訳した場合の訳語がおかしいのではなく、もともとの日本語の言葉の使われ方がおかしいのです。英訳してみるとそのことがよく分かります。

ちなみに、正規雇用、非正規雇用、正社員の英訳を教えてくださいと厚生労働省に尋ねたところ、国で定めた正式なものはないとのことでした。

注)非公式ながら、非正規労働者を、irregular workerと訳すことがあるようですが、irregularは不定期なので、日本語でいう非正規の語感からは外れていると思いますし、この訳を使うこと自体が、問題のすり替え、誤魔化しを孕んでいると思います。

さらに、英訳はおろか、日本語で書いてあるどんな労働関係の法律を読んでも、雇用者(雇う人)、被雇用者(雇われる人)という言葉は見つけることはできても、正社員、正規雇用、非正規雇用という言葉には一度も出くわしません。

つまり、正社員も、正規雇用も、非正規雇用も、法律的に定義された概念ではないのです。

にもかかわらず、この正規雇用、非正規雇用という言葉は頻繁に使われています。

その使われ方というのは、こんな感じです。

いわゆる年功賃金制と終身雇用に守られた、いわゆる(so-called )正社員は、正規で、つまり正式な規則に則った存在で、社会的に見て”まとも”である。

そして、パートタイマーや派遣労働者、契約社員など、それ以外の労働者は、非正規、つまり正式な規則に則ったものではないく、その人たちの存在そのものが、不道徳とまではいかないまでも、”頭痛の種”なのだというイメージが醸成されています。

でも考えてみてください。

もし、多様な価値観、多様な生き方を認めるというのであれば、同一労働同一賃金が実現されて、いくつかの仕事を掛け持ちしている人でも、ふつうに人間らしい生活ができて、社会保障の恩恵も受けられるような、制度にしていかなければならないのではないですか?

非正規雇用、正規雇用という言葉を誰が最初に使ったかは知りませんが、この言葉を広めたのはマスコミです。

大手のマスコミの正規雇用の社員はとても高待遇ですから、彼らは、自分たちにとって不利益な労働市場改革は決して受け入れたくないでしょう。

同一労働同一賃金が実施されて、自分たちの有利な地位が脅かされることにも、警戒心を持っていると思います。

だから、日本の大手マスコミは、正規雇用、非正規雇用という言葉を頻繁に使い、自分たちの働き方(正規雇用)こそが、正しいのだという刷り込みを行なってきたのでしょうか。

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文・桑原和久
(フリーライター、編集者、茅ヶ崎方式渋谷松涛校生徒)

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